June 24, 2004

倫理学「目的論」と「義務論」

ビジネス倫理の倫理学との繋がりを見ていくと、行動基準としての倫理を見た際に、「目的論」と「義務論」という概念が出てきた。


目的論: egoism-モラリティと利己心を結びつけて考える。ある個人が行う行為が本人の「長期的」利益を最大にするものならば、その行為はモラル的に正しいもので、逆に利己心に反する行為は反モラル的であるとする考え。

 認知されている利己心と認知されていない利己心がある。つまり、表向きには利他的行動でも、それが本人にとって本当は利己的でもあるという事で、利他的な行動とエゴイスティックな行動は両立しうる。しかし、この考え方には不自然な感じがするのはなぜだろう。ただ、他人の幸福があって初めて自分も幸福になれるので、他人が幸福になる様に行動するというのは、理解できる。この人たちは、エゴイズムから離れると功利主義に行き着くらしい。

 utilitarianism-行為そのものでなく、その行為が全体にもたらすpainとpleasureで物事のgoodとbadを判断する。大切なのは効率だあー!!てかんじ。

 act-utilitarianismと、rule-utilitarianismとは?前者は特定の状況によって効用が変わる場合は、行為そのものがgoodかbadかも変わるとし、後者は、行為がもたらす効用には、社会一般に規定されているとする考え。




義務論:行動義務論と規則義務論というのがあるらしく、規則なしでも、個人の倫理観で行動を決めるべきという前者は今日では説得力に欠けるらしい。

規則義務論は、一つもしくは、幾つかの原則に基づいて高度すべきと主張し、支える原則/規則が一つのみから演繹されるか、複数あるかでカント倫理学に代表される一元論的義務論と、W.Rossの「一応の義務」(prima
facie duties)論で知られる、多元論的義務論に分けられる。

 カント主義ー妥当な規則に基づくモラル義務が行動の唯一の動機であるときにgood willをもつ人間であり、逆に行動の起こした結果がモラル的に正しくとも、それは利己主義に基づいた行動である可能性があり、倫理的行動とは言えない。つまり、ルールや道徳と、自分の行動原理が、同じであり、その間にテンションがない状態が良いということ。

 「一応の義務」(prima facie duties)論:モラルに関する原則は1つの究極的な原則にさかのぼる事は困難であるとする点でカントと異なり、幾つかの、原則、義務からなりたつ。また、ある義務を果たすと他のより重要であると思われる義務を蔑ろにする場合は、より重要な義務を優先する事になる。


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